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2004.12.23

ニート論

切込隊長のニートについての記事と追記を読んで、せつなくなってきたよ。。。
ついでにいうと、隊長が語りかけていたサイトの記事もせつない。。。

隊長っていい人だなあとつくづく思った。
ますますファンになってしまった。

ひろゆき氏のあっさりニート論よりずっと人情深い記事だねえ。

隊長、会社経営して大金持ちで忙しくて、一見ニートの対極に位置する人のように見えるのに、真剣にニートの人のブログ読んで反応返しているのがすごいと思った。「近くて遠い存在」というのがすごく的確に表現されているなあと思う。

ニートの問題って複雑な背景がありそうで、一概にはいえないんだろうけど、何だろう・・・。

バブル期に就職したラッキーな世代だから、ニートにならなかっただけで、私もニート属性持っているせいか、ニートの人たちのブログ読んでいると、せつない。

で、人間関係構築下手なニート属性持っている私でも、今何とか結婚して子供いて、仕事を持っている状態にいるのは、やっぱりバブルという幸運な時代に就職できたからなんだろうなと思うわけだし、そういうニート属性持つ人でも就職して社会に出て鍛えられれば、何とかそれなりに人間関係構築できるようになったり、仕事をこなすようにできたりするわけで、隊長がニートに向かって語っている

「最初から有能な人間はごく一握りで、それでも大多数の人は平凡なところからスタートしても役割を見つけていくことで派手ではなくても慎ましく幸せに暮らしていくだけの役割を果たすことができる。その役割のひとつひとつが積み重なって社会だとするなら、価値観を受け入れるかどうかと関係なく、自分を磨く時間がゆっくりと自分を押し上げ、社会として必要とされる人間になるのだろうと思う。」


という言葉は、実感しながら読めた。

何だろう。

結局、人間というのは、種族として集団を構築して生きていくようにできている生物で、だから、社会というものの中で生活するようになっているわけで、だからこそ、孤独というものが非常に辛かったりするわけで。

で、人と関わって生きていくということは、お互いのエゴがぶつかり合うことでもあって、それは傷つけ傷つけられということもあり、支え支えられということもあり、そういう人との関わり合いを続けながら生きていくということでもある。

そういう人との関わり合いから、自分はどう行動すべきかとかどう考えていけば良いかとか学んでいく過程が人生でそうして社会の中で、人間関係の中での自分の役割や位置を見いだしていくというのが生きていくということでもあるんだろう。

会社には申し訳ないけど、仕事をしていくことで、人間関係のスキルを向上させてきた私としては、やっぱり自分の価値観と合わないから社会に出ないということではなくて、社会に出ることで違った視野を手に入れて、そこからまた別の価値観なり考えなり、生き方なりを手に入れることができるのではないかと思うんだけど・・・。

でも、きっと昔の人手不足で、誰でもいいから雇うという時代じゃない現状で、企業はそこまで手間暇かけて人材を鍛える努力はしないし、手っ取り早く、最初から人間力のある人材だけを採用するようになっていて、ニート属性を持つ人を社会から排除するように機能しているんだよね。。。
みにくいあひるの子は、実は白鳥かもしれないけど、企業は、最初から綺麗なあひるの子だけを手に入れたがっているのかもしれないね。。。
それは、結局人材の多様性ではなく金太郎飴状態でしかないとは思うけど、そこは均質社会の日本企業の風土としかいいようがないかもしれない。

話があちこち飛ぶけど、社会に出る以上に、視点の転換があったのは、出産だった。
子供ができて、始めて親という立場と視点を手に入れた。
親の視点を手に入れて、子供に対する愛情とか、自分の親がどういう思いで子供を育てたのかとか実感できた。
それまで子供の視点しか持ち得なかった私には、親の視点を手に入れたことで、世界の見方が180度変わった。

そして、産休と育休と取ることで、仕事から遠ざかり、社会と隔絶した。
これが意外と世間というか視野を狭くする。
育休中も仕事の情報収集とか勉強していれば違うんだろうけど、ものぐさなのと子育てで一杯一杯なので、そこまで頭が回らない。
で、頭の思考回路に靄がかかってしまうというか、世間と繋がるのがインターネットだけというのは、非常に思考回路が偏ってしまうかなと思った。その当時はそうは思わなかったけど。

育休が明けて職場復帰して、人と接して、世界が広がったら、視界がクリアになったと実感してはじめて、休みの間の赤ん坊だけとの世界は、いかに霞がかかっていたか理解できた。


なんて言うか、結局、今までと同じ立場、同じ位置にいると、視野も思考も同じところをぐるぐる回って閉塞感しか見いだせず、立ちすくむしかできなくなるけど、例えば働くことによって、また違った世界にぶつかり、そこから刺激を受けて、違う考えに気づいたりする。今まで見えなかったものが見えたりする。

だから、外の世界に関わってみるのもいいのではないかと、自分の世界に籠もりきりになって袋小路の世界に陥らずにすむかもしれないよということが言いたかったというか。。。

何だかうまく言えないや・・・・


ところで、相方が「今、俺が仕事やめたら、もう社会復帰できなくて、ニートになりそうだ」と言っていたが、アンタの場合は、ニートではなくてヒモというのではないかと。(爆)

いくら30代とはいえ、親ではなく、女にぶらさがるのは、ヒモという言葉で昔から表現されている形態なのではないかと、私は思うのだが(笑)

いえ、今は働いているので、ニートでもヒモでもないです。念のため。
もしも、辞めたらの話なので。

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ああ、なんだか重いもの読んじまった気がする。 ニート(無業者)に関する考察メモ■切込隊長 ニート■ 無業者(ニート)に関して■切込隊長 ... [続きを読む]

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